第二章【人材育成の制度化】

第二章:人材育成の制度化

なぜ研修をやっても効果が出ないのか

成長しない従業員に危機感を感じて研修を実施した経験のある経営者もいることでしょう。ですが、一時的に従業員の熱量はあがってもあっという間に冷めてしまったという経験はないでしょうか。

 

実は研修とはそもそも熱しやすく冷めやすい性質があることを知っておく必要があります。誤解しないで頂きたいのですが研修そのものを否定するつもりはありません。ただ研修は講師やプログラムの良し悪しが、その後の効果に如術に表れるものなので実施する場合は講師の選定やプログラムの設計を他人任せにしない方が良いということです。

 

また研修は講師やプログラム内容によって「外発的に動機づけ」られて従業員のやる気や意欲があがるという仕組みの上に成り立っています。つまり研修を実施しても社員のやる気や意欲が長続きしないのは必然的な状態とも言えるのです。

 

他社の人材育成施策にはどのようなものがあるのか

まず人材育成の制度化を具体的に考える前に経団連の行ったアンケート結果を見てみましょう。アンケートによると人材育成を実行するためにどのような施策を考えているかという問いに対して以下の図のような意見が出されました。

 

やり方、進め方というのは色々あるのですが私が注目したいのは『自立型人材』を育成するという視点です。では、そもそも『自立型人材』とはどのような人材を指すのでしょうか?

 

自立型人材を定義した論文によれば自立型人材を堀田・船引(2002)は「成長スパイラルを自らで切り開いていくことができる人材」と定義しています。中山・湯川(2007)は「必要な課題を理解したうえで、自らが行うべき課題を設定し、解決策を見つけ出し、行動を起こして課題を達成することができる人材」と述べています。

 

 

このように自律型人材に関しては各企業や研究者によって様々な定義がありますが自律型人材を育成する企業側のキーワードとして「社員の成長」と「課題設定」が挙げられます。

 

 

自立型人材を育てるメリット

では自立型人材を育てるメリットは各々にとってどのようなメリットがあるのでしょうか?

 

 

(1) 会社の成長、成熟のため

自立型人材を育てることはそもそも会社の成長、成熟に繋がることを認識する必要があります。人材の成長は会社の資源に良い影響をもらたします。会社の資源とは一般的に「ヒト、モノ、カネ、情報」と言われます。つまり人材の成長は他の従業員の成長にも影響し、商品やサービスなどクオリティアップにも関わり、売上アップや経費削減にも繋がり、社内外の会社の評判を良くします。

 

(2) 従業員、本人の成長を促進するため

自立型人材を育てる本来的な目標は、従業員本人の成長を促進するためです。従業員が育たないと悩んでいる経営者は多いですが従業員本人の成長を心から考えている経営者がさほど多くないのも事実です。自社に在籍していた従業員が退職することになっても、自社で学んだことを活かして活躍してくれることは従業員自身の幸せに繋がるというマインドで人材育成にあたることはとても重要な観点です。

 

(3) 経営者や役職者、上司の負担を軽減するため

自立型人材が育たないと、いつまで経っても経営者や役職者、上司の負担が減ることはありません。自立出来ていない人材を『非自立型人材』と仮称するならば『非自立型人材』はやらされている感覚が強いので、些細なことでも上司に判断を仰いで負担をかけます。また、目的意識が薄いため言われた通りしか仕事が出来ず、問題意識が低いので発言を求めても、これと言って返ってきません。

 

逆に『自立型人材』を育てることが出来れば、仕事に慣れてくれば自分で判断して業務を行うでしょうし、目的意識が高いので応用を利かせてケースバイケースで仕事が出来ますし、常に問題意識があるので求めなくても意見を言ってきます。

 

 

理想論にも聞こえますが経営者や役職者、上司の側も育成方針をしっかり持って人材育成にあたることで経営者や役職者、上司の側も負担が軽減されるという訳です。

 

(4)長い期間、会社に貢献してもらうため(離職率軽減)

 

大手企業であろうが中小企業であろうが一度入社した人材が出来るだけ長く働いてもらうことは利益に繋がります。新卒であれば社会人として一人前になるまでに相応の時間と労力を要します。中途採用であっても若手人材であれば、社内環境やルールになじむまでに時間がかかるでしょう。つまり入社してから会社に利益をもたらせる人材になるまでには一定の時間を要し企業側は労力や経費を費やすことになります。

 

 

もちろん、企業の特色や、業務内容、社員自身の個別性はあるものの一般的には自立型人材として成長し長い間会社に在籍してもらったほうが貢献度は高くなると言えます。

 

人材育成型人事評価制度が中小企業に向いているわけ

一方で人材育成型の人事評価制度は従業員の内発的動機づけによって自立型の成長を促せる特徴があります。その理由をご説明しましょう。

 

まず評価項目と評価基準を自社流にカスタマイズ出来るので会社全体の向かう方向を全社に反映させやすくなります。特に中小企業の場合は評価項目や評価基準を日常業務を反映させた内容にしやすいだけではなく従業員の個人課題も意識して細かく設定出来るのです。

 

人事評価制度は言語化されたシートで出来ているので、評価される側の従業員も評価する側の上司も何度も繰り返して自分や部下を見つめ直すことが出来ます。そうすることで従業員は人事評価制度から浮き彫りになった自分の強みや出来ていること、課題や出来ていないことが自分事になりやすくなります。つまり自分自身の中で内省化が進み内発的動機づけによって、もっと成長しよう、もっと会社に貢献しようといった意欲が生まれるという仕組みです。

 

なぜ丸投げ型の人事評価制度はうまくいかないのか

人事評価制度を自社に導入しようと思った時、サービス会社に制度の設計構築を丸投げして作ったという経営者も多いのではないでしょうか。この場合、丸投げ方のサービスを選んだというよりも、丸投げ方のタイプしか知らなかったといった方が当てはまる方は多いかもしれません。ではなぜ、丸投げ方の人事評価制度ではうまくいかないのか、理由をご説明しましょう。

 

(1) 自社の日常業務が反映されないから

丸投げ方とまで行かなくても多くの人事評価制度のサービスはパッケージ化された状態で提供されます。人事評価制度で大切なのは評価項目と評価基準が自社の日常業務をどれだけ反映されたものになっているかです。丸投げ型のサービスでは大ざっぱに日常業務とリンクさせることができたとしても、被評価者も評価者も納得感を持って人事評価制度と向き合うことは難しくなってしまうのです。

 

(2) 製作者に目的が明確に伝わりにくいから

人事評価制度を設計、構築するときに何を目的として制度設計するのか、自社の細かな業務内容や従業員への期待値などをしっかり盛り込んだ評価制度にすべきです。丸投げ型の人事評価制度では本来、もっとも大切にすべき上記のような事柄がサービス提供側の会社や製作者に伝わりにくいという欠点があります。

 

時間と労力がかかるのですが、できるだけ自社の社員が直接関わって、日常業務を反映させた評価項目と評価基準を作り上げるべきです。

 

(3) 自社の理念が反映されないから

人事評価制度に限らずの教育制度を設計するにあたって自社の理念を軸にした制度設計をすることがとても重要です。例えば自立型人材を育てるという会社の大方針があるならば評価の基準はその理念に乗るべきですが丸投げ方の人事評価制度では自社の理念という抽象的概念を細かく反映させることはなかなか難しいものです。

 

細かいことのようですが人を育てるということは、企業理念と言った抽象的概念に基づいた会社の考え方がとても重要になり、その小さな積み重ね一つ一つが人材を育て、会社全体の成長や発展につながると私は考えています。

 

(4) 自社の価値観が伝わりにくいから

人事評価制度を設計するときに会社が持っている価値観を反映させることはとても重要です。例えばある経営者は「従業員の成長は、もちろん会社のためであるが従業員自身がほかの会社に移っても立派な社会人として活躍してもらいたいという思いがある」、と語っていたことを思い出します。このような価値観は人事評価制度の設計におおいに参考になります。

 

会社の日常業務を反映させた評価項目や評価基準はもちろんですが、社会人としてどのような姿勢で仕事に臨むことが従業員の成長につながるのかという広い視野を持って人事評価制度の設計にあたることができるからです。しかし人事評価制度が丸投げ型あるいはパッケージ型のサービスだとこのような評価制度の応用を利かせることはなかなか難しいという状態になります。

 

自立型人材が育つ 人事評価制度構築の5ステップ

(1) 理想を言語化する

人事評価制度を設計するにあたってまず初めに理想の言語化というステップが大切になります。理想といってもいろいろありますが企業理念や数年後の目標、目指すべき姿から従業員に成長してほしい姿など多岐にわたります。まず大きくて抽象的な概念からはじめ、日常的で具体的な内容に移行して行くことが理想的です。特に業務の棚卸は評価項目と評価基準を作る上でなくてはならないものですのでぜひ意見を出し合って言葉にしてみることをお勧めします。

 

抽象的な概念から日常的な概念まで言語化をすることによって以下のようなメリットがあります。まず会社として目指す方向が明確になります。中小企業は日常の運営や経営に振り回され中長期的な未来を描くことが苦手な傾向があります。まずは3年後、5年後程度の近未来のことで良いのであるべき姿を言葉にしてみましょう。そうすることで会社の目指すべき方向性が具体的に見えてきます。

 

少し話はそれますが、どうしても3年後、5年後と言った中長期的な未来を描きにくいといった場合は会社の創業時からの歴史を紐解いてみるとよいでしょう。経営者ご自身でも歴史が分からない場合は昔から在籍している従業員や先代経営者などから話を聞くなどして会社としての歩みを年表にしてみるとよいでしょう。

 

せっかく調べた会社の過去、現在、未来を資料として残したり、会社全体の会議を開催して全社員と共有するなどもとても有意義な方法です。

 

会社としての方向性が明確になると従業員が目指すべき方向性もはっきりしてきます。従業員が目指すべき方向性が具体的に言語化されると従業員自身が自らの行動に対して改善すべき事と、そのまま伸ばすべき事が明確になるので自己成長につながります。同時に人事評価制度をつける評価者(上司)の側にもメリットが出てきます。基準が明確になることで評価や指導がしやすくなるのです。理想の言語化というステップはこの後人事評価制度実効性のあるものにするためにとても大切なファーストステップとなります。

 

(2) 評価の妥当性をチェックする

 

評価項目と評価基準がある程度出来上がったら、評価の妥当性をチェックするというステップを必ず踏みましょう。理想描くことは大事なのですが人事評価制度というのは評価される立場にある従業員が納得できる評価であるかどうかが大切です。納得できる評価であるためには、評価項目が日常業務とリンクしているかどうか評価基準が納得できる基準になっているかどうかがとても重要です。

 

また制度そのものについてや、評価をつけた内容について評価をした人間が評価を受ける人間に対して説明しやすいものになっているかどうかをしっかりとチェックしましょう。評価者が批評価者に対して説明しやすい内容であれば、被評価者は納得しやすい制度になっていると言えます。

 

従業員の自己評価が会社の評価と同様であるならばそれは理想に近い人事評価制度になっています。そのためには人事評価制度の評価項目と評価基準が現場感とマッチした内容になってるかどうかがとても重要です。このような妥当性がなければ結局は丸投げ型やパッケージ型のサービスとなんら変わらなくなってしまいますので人事評価制度を実行に移す前にしっかりとその妥当性をチェックしておきましょう。

 

(3) 能力開発項目を見える化する

人材育成型の人事評価制度を構築する上で従業員の能力開発項目を見える化しておくことが一つのアクセントとなります。能力開発項目の見える化とは下記の図のようになります。

 

この能力開発項目というのは評価項目をいくつかのビジネス上のスキルにグループ分けしたものと言うと分かりやすいでしょうか。能力開発項目は会社ごとに違っていても全く問題ありません。逆に言えば違っていて当然と言えます。5つのステップの一番最初に会社の理想を言語化するというステップがありました。

 

能力開発項目を決めるときにこの理想の言語化のステップが大変生きてきます。まさに従業員が目指す方向性であり、同時に会社が目指すべき方向性だからです。

 

評価者と被評価者は、この能力開発項目で被評価者の強みと改善点を大きな枠組みでとらえ日常業務に即した評価基準で細かい具体的な強みと改善点を共有してゆきます。それらを共有する場として、次にご紹介する評価面談が評価者と評価書にとって非常に重要な場になりますのでぜひ評価面談の内容を理解してお互いにとって有意義な面談を実施して行きましょう。

 

(4) 公平公正な評価面談を行う

人事評価制度の有効性を決めるのは評価面談が有意義な場になっているかどうかがかなりのウエイトを占めるといっても過言ではありません。人事評価制度が存在していても有用な評価面談ができていない会社はとても多く存在します。

 

フェイストゥフェイスの面談は決して簡単なものではありません。ですがこれからの組織運営にとっては必要不可欠なスキルセットになりますのでぜひ会社全体で後押しすることをお勧めします。

 

まず評価面談を実施するにあたって大前提となるのが被評価者の考え、気持ちなど吐出しができる安心安全な場所ということです。例えば評価者が被評価者の話を全く効かず一方的に評価を伝えるだけの面談や被評価者の失敗ばかりを頭ごなしに叱りつけて終わりという面談ではとても安心安全の場とは言えません。

 

従業員自身の自己評価と会社の評価をしっかりとすり合わせて被評価者の言い分も十分に時間をとってヒアリングしましょう。その上で評価者は何をもって今回の評価になったのかできるだけ具体的な事例を挙げて、説明することで納得感が出てくることはもちろん会社はよく見てくれているという安心感に繋がります。また評価の内容が具体的であれば被評価者は会社は自分を評価してくれたという納得感も持つことができるのです。

 

意欲を下げる人事評価面談と意欲を上げる人事評価面談

面談のやり方次第で人事評価制度が良い制度にもなり悪い制度にもなるとお伝えしましたが、ここで従業員の意欲を下げる面談と意欲を上げる面談の違いについて見て行きたいと思います。

 

まず部下に対してダメ出しばかりで承認をしない面談は意欲を下げてしまう可能性が非常に高いです。体育会経験者や仕事ができる社会人に多い傾向がありますが褒めることが苦手な上司や、褒めることは甘やかす事といった誤解があるケースも見受けられます。特に昨今の若者は承認欲求の強い傾向があるので面談の冒頭で否定から入ることは出来るだけ避けましょう。

 

また結果のみの評価にとどまり、プロセスについて全く触れない面談スタイルも従業員の意欲を下げてしまいます。プロセスを評価されないということは自分のことを見てくれていないという印象を被評価者に与えることになります。

 

この点につながるのですが事柄ばかりの評価を伝え批評価者自身について向き合えない面談は被評価者の意欲を下げる面談になってしまいます。部下と向き合うという事をしてこなかった上司にとって部下を一人の人間として捉えることは照れや恥かしさ、時に違和感もあると思いますが批評家者にとっては致命的な関わり方になってしまいますので充分注意が必要です。

 

では逆に被評価者の意欲を上げる面談とはどのようなものでしょうか。まず面談の冒頭で日頃の業務についてしっかりと労うところからスタートしましょう。いきなり評価の話になっても批評価者は事務的で機械的な印象を持つだけになってしまい、その後の面談での話の内容が批評価者にとって受け入れられないことにもなりかねません。

 

次に評価を伝えるときには、評価者の意見を伝える前に「自分ではどう思っている?」など被評価者の意見を聞くことから始め、その意見を聞き切るように心がけましょう。また評価の伝え方としては、良い点と改善点をバランスよく伝えることが大切です。特に入社間もない若手社員に対しては良い点を2~3伝え、改善点を1伝えるくらいのバランスでちょうどよいと思います。

 

評価そのものというのは「事柄」です。評価に値する行動だけをコメントするのではなく行動に及んだ人間性を褒めるようにしましょう。例えば「この作業がとても良く出来ている」だけでなく「いつも丁寧に作業してくれるのが○○さんの良いところだね」など、項目ではなく人物を評価するのです。ただ改善点を指摘する場合は逆です。「○○さんはやる気がない」ではなく「この仕事のルーティンを一緒に見直してみよう」など、あえて「事柄」に焦点を当てるのです。決して目の前の人物を人格否定するようなことがあってはなりません。

 

良い点や改善点のフィードバックは被評価者の成長を促すために行うものです。できるだけ具体的な行動を示して、その先にどのような成長が待っているのか背景も含めて説明することが批評家者にとっては会社で仕事をして行く上での希望につながります。

 

(5) 評価制度をリニューアルする

人事評価制度というのは一度作って何十年も同じものを利用するような性質のものではありません。もちろん全面改良する必要もないのですか定期的にリニューアルが必要です。小さな組織ほど一年経つと業務の内容や質問変化するものです。

 

また社員の成長が早いのも中小企業の特徴ですので評価すべき項目や基準も変わってきます。例えば一般社員だった従業員が1、2年後には主任や係長に昇格する場合も考えられます。社長の右腕である役職者が社内に増えてくればさらにその先の道を示す必要が出てきます。そうなると会社の成長を実感することにもなりますし、改めて業務内容の棚卸をすることにもなるのでリニューアルはとても有意義になります。

 

人事評価制度構築5ステップのまとめ

人事評価制度を昇給や賞与の算定だけに利用している企業もありますが実は人材育成にこそ強みを発揮する制度です。特に人材が育たずにお困りの中小企業にとっては人材育成の制度としての人事評価制度がとても有効です。

 

人事評価制度を設計、構築する際には丸投げをせずに自社オリジナルの人事評価制度を作ることが重要です。多少時間と労力を要しますが必ずや自社の財産になるはずです。

 

制度の設計で満足せず、評価面談を有効に活用することで従業員の内発的動機づけを促すことができます。外部からの動機付けによって熱しやすく冷めやすい施策で終わるのではなく、自ら進んで内発的な動機付けを保ち続けることができる人事評価制度をぜひ構築しましょう。